マーケティング・ファネルが非線形化している——AI時代の Learn / Buy / Use が問うもの
シリーズ 2 「AIが再設計するマーケティング——CMOとCEOが共有すべき2030年の経営アジェンダ」第1回 (想定読了時間 約7分)
四半期ごとに開催される業績会議で、ある CMO がプレゼンを終えた直後、CEO が静かにこう尋ねた。
「コンバージョン率は上がっている。広告のROIも改善している。でも——うちのブランドのロイヤルティスコアは、なぜ三年連続で下がり続けているのか?」
CMO は答えに詰まった。指標は確かに改善している。各キャンペーンは数字を達成している。それなのに、顧客がブランドから静かに離れていく感触だけが、現場には残っていた。
これは特殊な例ではない。多くの日本企業のマーケティング現場で、いま同じ光景が繰り返されている。指標は良くなっているのに、顧客との関係は浅くなっている。この乖離の正体は何か。そして、なぜいまそれが起きているのか。
この問いに答えるためには、まず一つの構造変化を直視する必要がある。マーケティング・ファネルそのものが、AI時代に再構造化されようとしている——これが、本シリーズの出発点である。
「ファネル」という二十世紀の発明
マーケティング・ファネルは、二十世紀のマーケティング学が生み出した最も影響力のある概念のひとつだ。認知 → 興味 → 検討 → 購買 → ロイヤルティ。あるいは AIDA、AIDMA、AISAS——呼称は異なっても、構造は同じだ。顧客は線形に上から下へと流れていく。マーケターはその流れを最適化する。
この前提のもとに、組織が作られ、KPIが設定され、予算が配分されてきた。認知獲得は広告予算、検討段階は CRM、購買はEC、ロイヤルティは会員プログラム——それぞれの段階に専任部署があり、それぞれの指標があった。
だが、その前提はいま、根本から揺らいでいる。AI の登場によって、顧客は線形にファネルを下りるのではなく、AIを経由して、ある瞬間に発見し、ある瞬間に判断するようになりつつある。検討段階の数週間は、AIが代理する数秒に圧縮される。広告で認知してもらう代わりに、AI に「発見してもらう」必要が出てくる。
この変化の規模を、Cognizant の最新研究は数字で示している。
2030年までに、消費の55%がAIに媒介される
2025年1月、Cognizant が Oxford Economics と共同で発表した研究「New Minds, New Markets」は、米英独豪の8,400人の消費者調査と80件の質的インタビューに基づき、AI時代の消費構造を予測した。その結論は、マーケティング業界の前提を揺るがすものだった。
2030年までに、AI-friendly consumers(AIに親和性のある消費者)が、購買活動の最大55%を担う (対象4カ国における予測)。
金額に換算すると、米英独豪の4市場だけで$6.3兆。米国だけで$4.4兆、英国で$690億ドル、豪州で$669億ドル、ドイツで$539億ドル。米国では全消費の46%、豪州では55%が、AI に影響された購買になる。
注目すべきは、これらの消費者の主な動機が価格ではなく「便利さ」であることだ。Cognizant の研究は、AI採用において便利さを重視する消費者が75%を占めることを明らかにしている。つまり、彼らは「AI が便利だから使う」のであって、「AI が安く買い物させてくれるから使う」のではない。
この事実は、マーケティングの根本的な前提を変える。価格訴求では届かない顧客が、全消費の半分を占める時代が、5年以内に到来する。
そして、この変化を牽引するのは「AI Accelerators (アクセラレータズ)」と呼ばれる消費者層だ。現在は全消費者の25%に過ぎないが、彼らの所得と購買力が上昇するにつれて、将来の購買行動を最も強く牽引する。Cognizant の研究は、彼らを「単なるAIアーリーアダプター」ではなく「未来の購買行動の指標」として位置づけている。